大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4422号 判決

主文

一、原告の各請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「一、被告らは、原告に対し、各自三〇〇万円、及びこれに対する、昭和三八年三月三〇日から、支払ずみに至る迄、年六分の金員の支払をせよ。二、訴訟費用は、被告らの負担とする」との判決、及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、被告協同組合は、昭和三七年一二月一〇日、被告金山国夫にあて、金額を三〇〇万円、満期を昭和三八年三月三〇日、支払地及び振出地をいずれも富山市、支払場所を被告協同組合とする約束手形一通を振出し

二、被告金山国夫は分離前の共同被告崔炳燮(以下単に崔という)に、同人は原告に、それぞれ拒絶証書作成を免除して、これを裏書譲渡し

三、原告は、同年四月一日、右支払場所に於て、被告協同組合に支払の為、これを呈示したところ、被告協同組合は、その支払を拒絶した。

よつて原告は、被告らに対し、各自右約束手形金三〇〇万円、及びこれに対する右満期昭和三八年三月三〇日から、支払ずみに至る迄、手形法所定の年六分の利息の支払を求める。

被告らが抗弁として主張する

一、(一)の事実は知らない。(二)の主張を争う。

二、(一)の事実は知らない。

(二)の事実を否認する。

(三)(1)の事実を認める。

(2)の事実中、原告が被告協同組合に振出の真否を照会しなかつたことを認め、その他の主張を争う。

(3)の事実中、原告が崔に対し本訴を提起するに際し、被告ら主張の旧住所をその住居として本訴を提起した為、その訴状副本が同人に送達せられなかつたこと、同人の住所が被告ら主張の住所にあることを認め、その他の主張を争う。原告は後記のように善意の取得者である。

三、の主張を争う。

四、(一)原告が被告協同組合に振出の真否を照会しなかつたことを認め、その他の主張を争う。

(二)の主張を争う。

原告は昭和三七年一二月中旬頃、崔から係争約束手形の割引を依頼され、それを断つたところ、同人は更に原告に対し、不動産も担保に入れると言い、吉田紳郎が被告協同組合の理事であることを証する登記簿抄本、印鑑証明書等を持参して、割引を依頼したので、原告はそれが被告協同組合により真正に振出されたものと信じて、昭和三八年一月一一日、同人に、割引の対価として、二七六万円の小切手一通を交付し、同人は翌一二日、支払人横浜信用金庫から、その支払を受けた。

従つて原告は係争約束手形の善意の取得者であり、原告が悪意又は重過失による取得者或は隠れたる取立委任の被裏書人であるという被告らの抗弁は、謂われなきものであると述べた。

証拠(省略)

被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の事実をすべて認める。

抗弁として

一、(一)係争約束手形は、被告協同組合の当の代表者組合長理事吉田紳郎が、その任務に背き、自己又は第三者の利益を図る為に振出したものである。即ち同人は、同時に訴外金山商事株式会社(以下金山商事という)の代表取締役であつたが、同株式会社の資金の融通を図る為、被告協同組合の代表者理事の地位を乱用し、かつ、被告協同組合では、手形振出については、理事一二名を以て毎日一回開催せられる定期理事会の承認を要する慣例となつていたのに、その承認を経ないで、同株式会社の専務取締役被告金山国夫個人にあて、金額をいずれも、五〇〇万円、満期を昭和三八年三月三日、同年同月八日、同年同月一三日、同年同月一八日、同年同月二三日及び同年同月二八日、その他の手形要件を係争約束手形のそれと同じくする約束手形各一通合計六通(手形番号第二三六号ないし第二四一号)、金額をいずれも三〇〇万円、満期を同年三月三〇日、その他の手形要件を約束手形のそれと同じくする約束手形二通(手形番号第二四二号及び第二四三号、第二四二号が係争約束手形)手形金額総計三、六〇〇万円を振出した。

従つて、被告協同組合と被告金山国夫との間には、右振出行為の原因となるべき何らの取引関係がなかつた。

その振出行為は、農業協同組合法第一〇条に定める事業のいずれにも属しないから、その振出は無効であり、原告の被告らに対する請求は失当である。

二、(一)被告金山国夫は、昭和三七年一二月一八日、訴外金港通商興業株式会社(以下金港通商という)の代表取締役出野三郎に、右約束手形八通の割引を依頼して交付し、出野三郎は、同年一二月二一日迄に、訴外新三慶株式会社(以下新三慶という)の専務取締役河津道邦から、同被告の為にそれを割引くことを約した。

しかるに出野三郎は、同年一二月二一日迄に同被告に割引の対価を交付しなかつたので、同被告は同年一二月暮頃、東急ホテルロビーに於て、出野三郎、河津道邦、金港商事の代表取締役吉田重信に対し、前記約束手形八通の返還を求めた。出野三郎は、その内係争約束手形を除くその他の約束手形七通は返還をうけたが、係争約束手形一通のみは、他に廻つたから、金港通商は、それを取戻し、一両日中に、金山商事に郵送する旨を約し、その旨の念書(乙第二号証)を金山商事に差入れた。

被告金山国夫は更に吉田重信に返還を要求すると同人は、係争約束手形は、崔が所持していることが判つたから、昭和三八年二月五日迄に、同人から返還をうけて、同被告に郵送する旨、同年一月二八日附同被告に対する手紙(乙第五号証)で答えた。

同被告は更に同年三月一〇日頃、吉田重信に対し、係争約束手形の返還(それ迄に他の七通は返還ずみ)を請求すると、同人は、それが出野三郎から河津道邦、訴外アジアゴルフ興業株式会社代表者竹田某、韓国人富田春一を経て、崔に至つたことを説明したので、同被告は、吉田重信に対し、吉田紳郎が係争約束手形を無権限で振出したこと、背任の容疑で、既に富山警察署に逮捕されていることを告げ、速かに崔からそれを取戻すことを要求し、同被告及び吉田重信は、その場で崔を電話で呼出し、係争約束手形が振出された右の経緯を告げ、その返還を求めたところ、同人は、「自分は富田春一からそれを受取つたが、それは、自分が、同人に対し、五〇万円の貸しがあつたから、その支払の為交付をうけた。もし同人が自分に五〇万円を払つたら、それは、直ぐ返す」と答えた。そこで吉田重信が電話で富田春一に聞くと、同人は「自分は崔に五〇万円の借りがあり先の支払の為、それを渡した。自分は、金港通商の専務取締役中西忠圓に五〇万円の貸しがあるから、同人が直接崔に五〇万円を支払えば、右約束手形を回収し得る」と答えたが、吉田重信は、同被告に対し、「自分は先に、五〇万円を用意して、崔に対し、係争約束手形の返還を求めたところ、同人は、その返還を拒絶したことがあるから、貴方が崔に五〇万円を提供しても、同人が係争約束手形を返送することは疑わしい」と言つた。

(二) これを要するに崔は、被告協同組合及び被告金山国夫が、係争約束手形を第三者から割引をうける目的を以て、振出し、かつ裏書をしたこと、しかるにそれを取得した富田春一は被告らに未だ割引の対価を交付していないこと、従つて同人には、係争約束手形金請求権がないことを知りながら、それを取得したものであるから、崔は、被告らに対し係争約束手形金請求権を有しない。

(三) 原告は、それらの事実を知つて、即ち、崔が係争約束手形上の請求権を有しないことを知つて、取得したものであるが、それは、次の事由により、明かである。

(1)  崔は昭和三八年九月五日の本件口頭弁論期日に於て、原告主張の事実を全部認める旨の自白をなし、原告は昭和三八年一〇月三一日当裁判所に於て同人に対する勝訴判決をうけながら、未だに同人から、その手形金の任意弁済をうけていないし、同人に対し、その財産の仮差押及び右判決の強制執行もしていない。

(2)  もし原告と崔との間に、原告主張の債権債務の関係があつたとすれば、原告としては、債権の確実な実現を図る目的を以て、振出人である被告協同組合に対し、その振出の真否について照会するのが通常の事例であるのに、原告はかような照会をしていない。

(3)  もし原告と崔との間に、右の債権債務の関係があつたとすれば、原告は、直ちに同人に対し、その当時の住所東京都杉並区方南町四七四番地を住所として、本訴を提起すべきに拘らず昭和三八年六月四日になつて、漫然手形面上の同人の住所同都新宿区原町三丁目一九番地を住所と記載して本訴を提起した為、その訴状副本は崔に対し送達されなかつた。(それにより、原告は、同人が移転したことさえ知らないのであるから、同人との間には真実の債権債務の関係は存在せず、同人を単に手形面上の形式上の裏書人として、訴を提起したことが推認せられる)

以上の事実により裏付けられる。

三、仮にそうでないとすれば、原告は、崔が無権利者であること、換言すれば、被告らの悪意の抗弁を切断する為、形式上被裏書人となつた、或は隠れた取立委任裏書をうけたにすぎないから、崔と同様悪意の取得者である。

崔が、自己の名で被告らに、手形金請求訴訟を提起すれば、同人は、被告らから悪意の抗弁を主張される結果、勝訴の見込がなかつたので、同じ大韓民国人である原告に、隠れたる取立委任裏書を為したのである。従つて原告は、当然、被告らの悪意の抗弁の対抗をうけざるを得ない。

四、(一) 仮りに原告が善意の取得者であるとしても、原告が係争約束手形のように、金額の大きい約束手形を取得するについては、その振出人である被告協同組合に対し、いかなる理由に基きその振出が為されたかを照会すべき取引上要求せられる注意義務があるに拘らず、原告はその義務を尽さず、被告協同組合に対し、何らの照会をしなかつた。

(二) 従つて原告は、手形法第一六条第二項にいわゆる重大なる過失により、それを取得したものであるから、その請求は失当であると述べた。

証拠(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例